2010年01月18日

『偽カツマー』に気を付けて!

【カツマーとは】
経済評論家であり、公認会計士、また、3人の子の母でもある勝間和代
彼女の自己啓発本を読んで 勝間に憧れる人や、
勝間の著書に触発されて勉強する人たちをカツマーと呼ぶ

最近は、勝間本を「誤読」し
本を読んだだけで勝間気取りになる勘違い人も現れている
態度は強気だが実力と実績が伴わない「偽カツマー」だ

AERA 1月18日(月)
職場で暴走中 偽カツマー
【概要】
──あなたのまわりにいませんか?
実力もないのにプライドが高く、仕事を断り、口だけ達者な社員。
それはもしかしたら「偽カツマー」かもしれません。──

・勝間が唱える“効率化”を自分に都合よく解釈しすぎ
 勝間と同じように隙間時間の無駄を削る努力をしているならまだいい
 仕事を断り得た時間でスキルアップしていると豪語するが
 その割には仕事にフィードバックがない。

・そもそも勝間本ではビジネスに臨む基本姿勢を説いているが
 「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」すらできず、
 わからないことがあっても質問しない。

・(精神科医の香山リカ)
 「勝間さんのまねをすること自体が、
  ある種の目的になっているような気がします。
  もっと言えば、本人は意識をしていなくても、
  勝間さんのまねをすることで
  勝間さんと同じ成功体験をしているかのような
  満足感を得ている印象を受けます」

・(勝間本人)
 「自己実現や自立という名目で会社に迷惑をかけるとすれば、
  それは単なる独りよがりです」

あ"ー、
かつて kururu もそういうチグハグな行動をしてたかも (∪_∪;)

自閉ちゃんって、真面目で一所懸命じゃん
kururu の場合
自分の世話もままならないのに、人様のお役に立ちたい気持ちが強い
お役に立ちたいから
職業上も、自分に至らない点があると思えば改善を図る
勤勉に ビジネス本やら自己啓発本やらを読んだり

けどさ、なんせ自分の世話もままならない
職業上も、言われた仕事をこなすのであっぷあっぷ。。
そんな状況を「なんとかしたい」と思い、努力をするんだけど
知識を貯えても、気を付けていても、
出来ない事は出来ないまま、うっかりしちゃう事も無くならない・・・

当時はカツマーなんて言葉は無かったし
暴走するってタイプでもないけど
今だったら kururu も『偽カツマー』? (・・)ゞ

自分の苦手を自覚し、何が必要かを見極めるのが
結局、自己を成長させる最短で唯一の道なんじゃないかな
『勘違いして暴走』ってならないように
注意注意☆


ラベル:自閉症 本とか

2010年01月16日

『脳研究の「神話」独り歩きに警鐘 日本神経科学学会』

2010年1月8日 朝日新聞社
脳研究の「神話」独り歩きに警鐘 日本神経科学学会

【概要】
 脳科学研究の成果が、
脳ブームに伴って拡大解釈されて広がっていることなどを懸念し、
日本神経科学学会は8日、研究指針の改定を発表した。

 指針では、科学的根拠のない「神経神話」と呼ばれる疑似脳科学が
独り歩きしていることを憂慮。
 経済協力開発機構(OECD)の報告によると、神経神話には
「3歳までが学習を最も受け入れやすい」「右脳左脳人間」
「脳は全体の1割しか使っていない」などがある。

 脳を傷つけずに調べる手法は1990年代に実用化され、
脳内の血流の変化などを画像化する測定機器が普及した。
比較的簡単に操作でき、
測定機器の特性を理解しないまま実験する例もある。

近頃の『脳ブーム』は、明らかに行き過ぎだと思う
マスコミ(TV、雑誌、文庫本や新書)的には
世間の関心を引き、金になるのだろうけど
そういう『金のために仕掛けられたブーム』を面白がって放置してると
安易な企画が増々増えて、増々行き過ぎに拍車がかかる
で、
そういうメディアにぼんやり接していると
間違った情報を知識として蓄えちゃったり

言葉を真っ直ぐに受けとめがちな自閉ちゃん達は特に
そこんとこ自覚する事が大事なんじゃないかな

「メディア・バイアス(マスコミの偏向記事)」とか
「メディア・リテラシー(情報を評価・識別する能力)」とか
改めて考えてみよう♪

世界を信じるためのメソッド―ぼくらの時代のメディア・リテラシー
  (よりみちパン!セ)
』森 達也 (著)


池上彰のメディア・リテラシー入門』池上 彰 (著)
ラベル:自閉症 本とか

2010年01月09日

ヒトは語意よりも語感を記憶する

前の記事へ戴いたみかんさんのコメント

> こう思って言ったわけでないのに、
> 上手く相手に伝わらないって事は充分にあることなので、
> 言葉には気をつけたいと思います。

うんうん
うまく通じないことってあるよね
ってか、そもそも
『会話』って意外と意図が通じてない気がする

近頃、 kururu が気を付けているのは
「○○ではない」と云う言い方
話を聞いている時には理解してくれてたようなのに
後に聞き手の心に印象を残すのは
『○○』と云う単語の語感だけだったりする
後半の「肯定か 否定か?」が消えちゃって
伝えたかった意味とは
逆の印象が残っちゃったりすることがあるの

推測するに
時間とともに会話の内容は記憶から薄れ
「あの人はこういう言葉(○○)を使った」
→「あの人はこういう風に(○○と)言った」
→「あの人はこういう(○○という)考えをする人だ」
ってなっちゃうのかな〜

ヒトは語意よりも語感を記憶するものなのかも
そう考えるようになってからは、
「○○ではない」と「□□である」が全く同じ意味であるなら
・『○○』と『□□』のどちらが 自分の『普段の考え』に近いか?
・『○○』と『□□』のどちらが 自分の『自己イメージ』に合うか?
と考えて
「○○ではない」と「□□である」を選ぶようにしてる

その上で、どっちも良さそうなら
「□□である」と肯定文で言った方が
『気持ち』が正確に通じやすく
『意味』の部分も
より長く、より正確に、相手の記憶に残る様におもう

2010年01月07日

「辛気くさい」

関東ではあまり使わないようなので 方言だと思うんだけど
「辛気くさい(しんきくさい)」って言葉、みなさん 使う?
kururu は、母が使っていたので認識はしてるけど
自発的にはあまり使わない
(母は東北人、 kururu は関東人)

辞書やインターネットで調べてみた
意外と多くの地域で使われているんだ〜
ん? kururu の思ってたのと違う意味がある☆!?
どうやら、地方によって意味(使い方)が4系統あるらしい↓

1:「心がはればれしないようす。」(北海道、東北、中国、四国地方、など)
  空気が暗く沈んでいる状態、重苦しい、さえない、
  (雰囲気として)ジメジメしている、鬱陶しい、めいってしまう
  【例文】「しんき臭いね〜(共感)」「しんき臭い顔するな(励まし)」

2:「けだるい」動作が鈍い、待ち遠しい、遅い、

3:「思うようにならないで、もどかしい、じれったい。うっとうしい。」
  【例文】(針に糸が通らない時などに)「あー、辛気くさい!」

4:何か心に引っかかるものが有って、いやでたまらない。(関西)
  興味が湧かない、そんな気分じゃない、おもしろくない(主に京都)
  【例文】「あの人、しんきくさい人やなあ」

うーん、むずかしい。。。
力技で4つをまとめて言い表すなら
「なんとなくビンボウくさく、チマチマして、気分が上がらない」
って感じでしょうか?

kururu の母が使っていたのは、たぶん1
(2、3、辺りも混ざってたかも)
けど、例文のような 相手を気遣う気分ではなく
「あ"ー!、あんたはもう!! 辛気くさいんだから!!!」と
主に相手( kururu )を責め立てる使い方をしていた

いや、もしかしたら
kururu は1だと思ってたけど
母は 3、4、辺りの意味で使ってたのかも
どっちにしても
母のマイナス感情は ちゃんと伝わりました

4は 結構 意地が悪い印象だね
他の意味で言ったのに 4の意味に取られたりしたら
いじわるを言ってるって誤解を与えてしまうかも
逆に
他の意味で言われたと思ってたら4の意味だった、なんて事になったら
「嫌みも通じない鈍い奴」なんて思われるかも

違う地方出身の人と話す時には注意が要るね
難しいので、
これまで通り kururu は使用しないことに決めました

2009年12月25日

年中行事を整理する

世間は
クリスマスだ、年賀状書きだ、大掃除だ、正月準備だ、と
先生方も駆けずり回る忙しさらしいけれど

kururu の師走は
いつもと変わりなく
いつもと同程度に 淡々と
いつもと同程度に あたふたと

パーティーも楽しいけど
わーっとはしゃがないクリスマスも結構好きなので
まあ、穏やかに

忘年会は
笑顔で過ごせる範囲に限り
2次会は辞退

年賀状(ってか、お手紙全般)は
適切な時期に出すスキルがない
書けてない年賀状数十枚を手に小正月すら過ぎて行く・・・
若い頃に、毎年 そんな挫折をしていたので(←本当の意味での挫折)
10年程前に踏ん切りを付けて
「出さない(出せない)宣言」をしちゃった
それ以来、年賀はがきも買ってないし〜

大掃除なんて
子供の頃から出来た試しが無いので(←こっちも本当に出来ない)
ここ10年程はあまり気構えない事にしてる
出来そうだったら ちょっと窓拭き(←全部は出来ない)
それくらい

神様を迎えるのも負担軽減
「何時何時(いついつ)に何々をする」ってのが本当に不得手で
決まった時期にしか売ってない新年のお飾りを調達するなんて
考えただけで数日前から食事も喉を通らない程 負担だった
かと云って、全く飾らないと
ご近所さんが「あら、喪中?」と気に掛けてくれちゃって申し訳ない
で、
10年程前に ちりめん細工のリース(お飾り)を買った
輪飾りの代わりに毎年玄関に♪
これがあるので お飾りの類を調達に走らなくて良いの
本当は、本物の麦わらや本物の松葉の方が
歳神様のお好みに合うのだろうけど
相手は神様だもの
出来ないちゃんの『精いっぱいの気持ち』も汲んでくれると思いたい

歳神様と云えば、お節料理
kururu が作るのはお雑煮くらい
あとは
お料理自慢の叔母が毎年送ってくれる『お正月set』を楽しんでる
今年は、伊達巻き、叉焼、黒豆、きんとん、なます、などが届いた
これだけあったら、神様もゆっくりしてくれるかな

そんな訳で
心穏やか 気持ち軽やかな年末
ラベル:自閉症 家事

2009年12月04日

「そうねそうよね」

そんなこんなのつづき

他者の発言に対して
「へ? なになに??」
と、相手の本意の確認作業が出来たとしよう
(確認作業をしたからといって
 相手の本心が分かるかどうかはその時次第だけど
 日常会話では、まあ それ以上のフォローをしてあげる必要はないと思う
 「わかった」と仮定して話を先に進めればいいと思うよ)

さて、その次の受け答えをどうするか
自分と同意見であるかどうかは後で話せば良いので
まずは
「あなたの言う事(気持ち)はちゃんと聞いて理解しました」
という状況(情報)を伝える必要がある
この『状況(情報)を伝える』っての、ついつい省きがちだけど
コミュニケーションの骨格をなす大事なところだよね

「うん」とか「はい」とかだけでは(間違いではないけれど)不十分
もっと積極的な言葉を選ばないと状況(気持ち)は通じない
それじゃあ、どうすれば?

そんな時の万能フレーズ
「そうね(そうだね)」
と言ってみよう♪
自分と相手の 年齢、性別、キャラクター、等に合わせて
「そうですね」でも「うん、そうだね」でも「そうねそうね」でもOK
kururu の場合だと「そうねそうよね」ってのがわりとしっくり来る

「同意はしてないけど、あなたの気持ちは分かりました」
ってなニュアンスを強調したいなら
「なるほど」とか「そう思うのですね」とかって言うのもいいと思う

「そうね(そうだね)」と
試しに言ってみて☆!
ラベル:自閉症

2009年12月03日

「へ? なになに??」

そんなこんなで
数年来 あれこれ考えているんだけど
1つ、見つけた法則は
「尋ね(たずね)られても すぐに答えるべからず」ってこと

「どう思う?」
とかって訊かれても
質問者が他者の意見を求めているとは限らない
共感の言葉が欲しいのかも知れないし
慰めてほしいのかも知れない
ただ 話を聞いてほしいという事もある

「慰めて〜」とかって言ってくれれば分かりやすいけど
多くの人は
「自分から求めなくても満たされた」時に
より満たされるものなので
自分の望みを なかなか明言してくれない

相手の本意が分からない状況で
意見を述べるのは賢明ではない、って事は分かったけれど
それじゃあ、どうすれば?

そんな時の万能フレーズ
「へ? なになに??」
と言ってみよう♪
「どうしたの?」でも「ん?、どうしました?」でも
もちろん可

相手を尊重する姿勢
投げられた言葉への関心
そして、本意の確認
・・・を、この一言が全て満たす☆

「へ? なになに??」と
試しに言ってみて☆!
ラベル:自閉症

2009年12月01日

mal 半返しキャンペーン☆

してたの忘れてた (>_<)!

あのね、誰かから何かを訊かれたとするでしょ
そうすると、 kururu は
「出来る限りのお力添えをせねば」と思ってしまう癖があってね

けどね、
世間の人々はそう望んでいる訳じゃない(場合が多い)と気付いて

で、
『半返しキャンペーン』
訊かれた時の相手の言葉の量の半分くらいで返すと
ちょうど良いのではないか?・・・と考えて
キャンペーン中☆

調子こいて長くなると
一般論の他に どうしても私感が入るじゃん
kururu 自身は
『多くのサンプルを参考にしたい質』なので
『他者の私感大歓迎』なんだけど
世間では割とそうでもない(場合が多い)らしいと気付いてね

それとね、実は自分が 文の読解が得意じゃなくて
e-mail等で長文をもらっても
読み解くのに時間がかかるし
どこが肝なのか理解するのがムズカシイ

なので
よその人に送る時も 出来るだけコンパクトにしようと考えたって訳

ああ、
それなのにそれなのに
すっかり忘れて
今日も懲りずに長文返し
キャンペーンも主催者に忘れられるようでは
ナントモハヤ (o^_^o)ゞ

2009年11月17日

「出来る事はした」と腹をくくる

『人事を尽くして天命を待つ』
と言うと大げさだけど

「出来る事はしたし〜」と
腹をくくることが必要な場面ってあるよね
おたおたしててもしょうがない
あきらめとは違う
ある意味、やり遂げた達成感

自分で言うのもなんだけど
kururu 、そういう割り切りが上手だと思う

だってさー
自分に出来ない事や
その時 思い付かなかった事を
「すればよかった」と悔やむのってナンセンス
何故なら
「しなかった」んじゃなくて
その可能性は無かったんだもん

鬱病が悪化してるときには
出来ない事に考えを絡めとられて
どうにもならないこともあるけれど
そんな時には
「このナンセンスなとらわれは鬱のせいだ」と自覚してる

過ぎた事を悔やんで 気持ちが揺れがちな人は
「おたおたしててもしょうがない」
「出来る事は全てしたんだ
「あきらめではなく悟りだ」
と気持ちを切り替える練習をしてみたらどうだろう?

日常的に感じる『やり遂げた達成感』
悪くないよ
ラベル:自閉症

2009年11月03日

アドバイスには要注意☆

ヒト様のお役に立ちたい気持ちが強い kururu は
ついついアドバイスが過ぎるのかも、と思う

これまでにも
あれこれ考えてきたけれど
これとか これとか)
もっとズバッと言い切ってる人がいた☆

先日も紹介した本『魅せる力』より↓
・何かアドバイスをしたいと思う気持ちは、
 世界中のひとに共通しています。
 ですが心配はいりません。
 アドバイスを無視したいという気持ちも、同じく世界共通なのです。

・誰かが抱えている問題について相談を持ちかけられたときには、
 逆にこちらから
 「あなた自身はそれについてどうすべきだと思いますか?」
 と質問するのです。
 そして、
 途中でさえぎったりせずに相手の答えにとにかく耳を傾けるのです。

・あなたの中にどれほど多くのアイディアや洞察があったとしても、
 相手が興奮していたり、あるいは落ち込んでいるときには、
 聞き役に徹するべきタイミングなのです。
 
・アドバイスの内容が自分の願いと重なっているとき、
 人は喜んでそのアドバイスに従うものです。

・自分の考えはあくまでも柔軟なもので、
 その後の解釈は相手にまかせるのです。
 自分が“正しい”かどうかより、
 “楽しい”空気かどうかのほうが大切なのです。

なるほどね〜
これまで kururu は
「こんな時にはどうするか?」「どんな人がその対象か?」
と考えてきたんだけど
もっと単純に
「自分以外の大概の人はアドバイスなんて求めていない」
と考えた方が『読み違い』が少ないのかも

魅せる力―人が人を惹きつける目に見えないパワーの秘密
 ブライアン・トレーシー (著), ロン・アーデン (著),
 和田 裕美 (監修), 五十嵐 哲 (翻訳)
ラベル:本とか

2009年11月01日

一緒にいて相手が最高に幸せになる人

この手の本は
自然に出来ている人には不要なのだろう
「当たり前の事しか書いてない」と
けどね
自閉ちゃんのように
『自然に』が出来ない人には有用だと思う

この本の良いところは
提案が具体的なところ☆
自閉ちゃん達って
相手を思う気持ちが有っても言動で伝える能力に欠けるじゃん
この本は
抽象的な「心掛け」とか「雰囲気」とかの部分も
具体的な言動に変換して教えてくれるところが素晴らしい♪
曰く
現実の行動を変えることにより、
他人の感じ方と自分の内面の感じ方に変化をもたらすことができるのです。
しかも、翻訳者が
「日本人ならこのくらいの匙加減にすると良い」と教えてくれるし
実践向きだと思わない?

具体的なメソッドの一番最初が『アイコンタクト』なので
自閉ちゃんにはちょっとハードルが高いかもだけど
ここで kururu からのアドバイス☆
心理学の実験から分かったことなんだけど
他人の目を見ることが苦手な人は
相手の顔の眉毛と鼻先を結んだ逆三角形の中を見ていれば
相手は「自分に意識を向けてくれている」と思うんだって♪
無理に目を見ようとして落ち着かなくなっちゃうより
こっちがお奨めよ☆

魅せる力―人が人を惹きつける目に見えないパワーの秘密
 ブライアン・トレーシー (著), ロン・アーデン (著),
 和田 裕美 (監修), 五十嵐 哲 (翻訳)


【抜粋】
人は人から好かれたら、すごく幸せだと思います。
人は人を好きになれたら、さらに幸せだと思います。
だから、人と生きていくうえで、「愛される能力」は、
ものすごく人生に影響してしまいます。
この「愛される能力」というものが、
本書にある「魅せる力」─── The Power of Charm です。

この本は、魅力ある人になれる本です。
魅力ある人とは
一緒にいて相手を最高に幸せにできる人です。
だから、言い換えるとこの本は「人を最高に幸せにできる本」なのです。

プライベートもビジネスも、成功の85%は
他人とうまくコミュニケーションできるかどうかで決まってしまうものです。
“魅せる力”を持っている人の言葉には、誰もが耳を傾けてくれるからです。
(「魅せる力」を実践すると)相手の自尊心が高まるだけでなく、
あなた自身の自尊心も同時に高まるのです。

1、受け入れること 2、感謝すること 3、賛同すること
4、讃えること   5、注意を払うこと
つづく→
ラベル:自閉症 本とか

2009年10月21日

『自分』を主語に語りましょう

日本では
自己主張はあまり良くないことだと教えられるじゃない?
自分、自分、って言うのは良くないと

けどさ
自分、自分、って言うのは
おまえが、おまえが、って言うより全然良いと思う

たとえば、料理が口に合わなかった時
「まずい」って言っちゃうのって
「(この料理が)まずい」「(おまえの作ったもんは)まずい」
って言ってる訳じゃん
けど、同じ料理を食べておいしいと思う人も居るならば
「(この料理が)まずい」は正しくないよね
もしも言うならば
「(私の)好みじゃない」「(私には)口に合わない」が正しい
ちなみに英国のダイアナ妃は、来日時に出された生魚が嫌で
「お魚よりもお肉をいただくわ」とクイーンズイングリッシュでおっしゃったそうな
「まずい」とか「好みじゃない」とか「気持ち悪い」とかと言わずに
本意を伝えるところがすばらしい☆

たとえば、他者の話し声が気になる時
「(おまえ)うるさい」と言うより「(私は)もう少し静かにしてほしい」と言う方が正確
それに、「うるさい」と言われても「そう?」って思う人も居るだろうし
人に依っては「むかつくー」とか思うかもだけど
「静かにしてほしい」と言われたら
大抵の人は相手を思いやって「もう少し静かに話そう」と思うんじゃないかな〜

それと、もうお気付きかとは思うけど
「おまえが」「おまえが」って言うのは
『不正確』で『通じにくい』だけでなく
『感じ悪い』し『無自覚にいじわる』だと思わない?

自分が一番でなくちゃ嫌!っていうのは論外としても
自分、自分、って言うのはあながち悪い事ではないと思う

こういうのって、分かっていてもなかなか出来ないんだよね
「(私は)こうして欲しい」と言うべきところで
「(おまえは)なっとらん」って言っちゃう人、結構多いけど
本当に言いたい事は、『自分』を主語にしなくちゃ伝わらない

『自分』を主語に語りましょう

2009年10月20日

『無邪気に』と『臆面も無く』の使い分け

というか、場面ごとの判別が
近頃やっと認識できるようになりました (^○^)v

辞書的には
【無邪気:悪意のないこと、あどけないこと、特に深い考えもないこと】
【臆面も無い:気後れした様子もない】
と、どちらも特に悪い意味ではなく
びみょーな違いしか無いんだけど

大人の実践会話では
『臆面も無く』と言えば
【浅墓(あさはか):考えが浅い様子】とか
【厚顔(こうがん):厚かましく恥知らずでずうずうしいこと】とかと同意に
批難めいた意味(=気分)で発せられることが多いのね
辞書とは違うけど
これはそんなに難しくない

問題は
『無邪気に』の方
肯定と批難のどちらにも使われる
同じような口調で「無邪気」と言っても
【悪意が無くあどけない】と肯定の意味(=気分)で言う場合と
【浅墓(あさはか):考えが浅い様子】と
批難の意味(=気分)で言う場合が有り
更に発展型として
「自分が悪者にはなりたくないので
 『無邪気』という言葉を使って
 【あどけない】と思っている風を装いながら
 【考えが浅い】と陰口を言いたい」
という場面もある
うーん、難問。。。

まあ、大雑把に見て
・10歳未満の子供の事を「無邪気」と言った場合
 肯定で使われる場面が7割、批難で使われる場合が3割
・10歳〜中学生くらいだと
 肯定で使われる場面が5割、批難で使われる場合が5割
・義務教育終了以降の人(大人含む)だと
 肯定で使われる場面が1割、批難で使われる場合が9割
って感じがするけどどうだろう?

それまで kururu は
【無邪気=肯定】【臆面がない=批難】
だと思っていたんだけど
そうとも限らないと気付いて 世の中を見てみると
kururu が思っていたよりも世間は厳しいみたい

世間の大多数の人にとっては
明らかに違うのかもしれないけれど
自閉ちゃんにはむずかしい
聞き分け、使い分けが上手に出来ると
暮らしやすくなるんだろうな〜

これもお奨め↓
『暗に』拒否する言葉、『暗に』けなす言葉、『暗に』自慢する言葉
などに振り回されないために
お嬢さまことば速修講座』加藤 ゑみ子 (著)
ラベル:自閉症

2009年09月18日

『今、そういう話じゃない!』の中身

→つづき
kururu さー、バリバリ自閉ちゃんだし
普段から
「それはそうなんだけど、今、そういう話がしたいんじゃない」
とか思われてる事が多いんじゃないかと思うんだよね

それとさー、
子供の頃から 訳も分からず怒られる事があって
それも根本の原因は近いんじゃないかと推測してる

日常の会話って、大方の理屈は話せば分かると思うから
怒る必要ってそうそう無いはずなんだけど
世の中、怒ってる人 割と居るよね
あからさまに怒ってくれればまだ分かりやすいけど
大人になった今、そうしてくれる人ってあんまり居ない

で、子供の頃から現在までの
自分が怒られた場面、他人が怒られた場面、等
記憶を辿って考えた
母は、教師は、そしてあの人は
何故にあんなに不機嫌だったのか?

幾つかの理由に思い当たる
・共感を得られなかった感
 (自分に興味を向けられなかった)
・ないがしろにされた感
 (私の親切と努力を理解されなかった)
・半可通感
 (その程度の知識で私も同程度と思われたのが心外)

もうしばらく考えてみよーっと
(つづく→)
ラベル:自閉症

2009年09月17日

『発した言葉』=『話したい事』とは限らない

→またまたつづき
みかんさんのBlogで
興味深いやり取りを発見!

陽だまりのねごと
無神経女のケアマネ

終業時刻近くの職場にて
みかんさん(A) と 同僚(B)さん の会話
(A):久々にきついわ〜
   薬飲めばよかった。
   自己健康管理が悪いなぁ〜
(B):なぜ?薬なんか飲んでいるの?
   きっかけは何?
   だんな様が亡くなったから?
(A):・・・・・(むっ!)

(A)さんがむっとするのは分かる
(B)さん、他人の個人的な事情にちょっと立ち入り過ぎ! ←\ ( ̄▽ ̄) おい!
・・・と、他人事のように言っているけど
kururu だって 気を抜いてたら こう云う事やらかしそう。。。(v_v)

自閉ちゃん kururu としては
「薬の話か、健康管理の話か」と思うところだけど
ここで(A)さんが話したい内容は
薬や健康管理ではなく
「(朝から働いて)夕方になると疲れるわね」
「特に今日は普段に増してしんどいわ」
ってなことらしく
(A)さんが期待した模範解答は
 「きつそうね?大丈夫? (終業まで)あと少しよね。」
という共感の言葉なのだ

なるほどね〜
確かに、『(会議など)明らかに答えを必要とする場面』以外では
大方の会話で求められるのは『共感』なのかも
kururu さー、そーいうことを事ある毎に考えてるのに
(『非自閉症者は感情的報酬を求める』 『人が『ぼやく』ということは』)
日常に活かすのが難しい

ここでの『共感』は
『相手への理解、いたわり、励まし』
の役を果たすマルチプレーヤーなのですね

(A)さんは「薬」「健康管理」という言葉を発したけど
話したい事はそれじゃなかったって訳
自閉ちゃんには難易度が高いけど
こういう場面でも
理解といたわり、そして励ましの気持ちを
スマートに伝えられると良いね

(ちなみに、みかんさんの続きはこちら
 ここにも興味深い会話があるよ)
まだつづく→
ラベル:自閉症

2009年09月16日

それはそうなんだけど、今、そういう話がしたいんじゃない

→つづき

・・・って事、誰もが経験しているとは思うんだけど

先日から書いてる『困った=後ろ向き?』ってやつ
どうもそういう事らしい
うーん、難問。。。(∪_∪;)

つづく→
ラベル:自閉症

2009年09月15日

あれれ? 読み違えた?

→つづき
「困った」とか「あれが出来ない」とかと言う kururu を
『後ろ向き』だと捉えている様子の友人に
kururu の考えを伝えてみた

「困った事を直視して解決策を探る作業こそが
 人間の存在意義だと思う」


そしたらさー
「私だってそう思ってるよ」との回答
あれれ????
kururu 、読み違えたかな?

そこんとこ一致してるんだったら
彼女は kururu の何を変えたいと思っているのか
また考えなくちゃ
難問だ
つづく→
ラベル:自閉症

2009年09月14日

「困った」=「後ろ向き」?

友人と、しかもかなり親しい友人と
ある考え方に大きな違いがあって
kururu としては「それぞれでいいんじゃない?」
と思っている事なんだけど
彼女としては kururu のそれを修正したいらしい事が判明

kururu が「困った」って言うと
友人が「困ることないよ」っていって
「これができない」って言ってる kururu に
「できてんじゃん」って友人が言って

彼女の価値観では「『困った事』があるのは良くない事」らしく
「困った」「自分はこれが出来ない」と云う発言は
『後ろ向き』だと感じるらしい
で、これまでも彼女は
『困った事は無かった事』にして やり過ごしてきた部分が多いらしいの

けど
kururu の価値観では
「困った事を直視して解決策を探る作業こそが人間の存在意義」
なので
だから、 kururu が「困った」と言う時は
「ワタクシ、只今人間らしく思考中です」って事なの

kururu は「それぞれでいいじゃん」なんだけど
彼女はそれじゃ嫌みたい
うーん、どうしたものか。。。
つづく→
ラベル:自閉症

2009年08月26日

扱われたいように振舞ってみる

「自分は理解されていない」
「大事にされていない」
と思っちゃう事もあるかもしれないけれど (ρ_;)

それじゃー
自分は自分を理解して大事にしてるかな?
自分の一番の理解者は自分だもん
その自分が自分を大事にしなくちゃ

一人前に扱われたいと思ったら
自分で自分を一人前に扱ってみる
一人前の行動が出来なかったら自分に厳しくしっかり反省
そうして一人前の振る舞いをしていると
あら?不思議!
周囲からも一人前に扱われるようになるのです

他者から大事にされたかったら
自分で自分を大事にしてみる
自身の尊厳を損なうような振る舞いはきっちり封印
自身の尊厳を損なうような言動は厳に慎む
そうして尊厳ある振る舞いをしているうちに
あらあら?不思議!
自身から尊厳がにじみ出て
周囲の人々も 自然と 敬い大事にしたくなるのです

本当は不思議でもなんでもない (∩_∩)v
「周囲にこう思われたい」と思ったら
思われたいように、扱われたいように振舞ってみよう☆

2009年08月23日

「それは それは・・・」

老紳士と話をしてる人が
年齢を聞いて 静かにつぶやく

「御歳(おんとし)78歳ですか
 それはそれは」

すばらしい!

kururu さー
議論でも説明でもない『何でもない話』が上手じゃなくて
返答に困って黙っちゃうことがあるんだけど
「それはそれは」って、いいね☆

例えば、年齢の話
「うちの父も○○歳です」とか 何かネタがある時はいいとして
また
無くても 気の利いた人なら
「お元気ですね」とか「お若く見えます」とか言うんだろうけど
わざとらしく聞こえないかとか気になっちゃって
なかなか言えない

例えば居住地の話
「高校の同級生の家の近くだよ!」とか言われても
何て答えればいいか分かんない
気の利いた人なら
「わ〜、すごい偶然ですねー」とか言うんだろうけど
わざとらしく聞こえないかとか・・・(以下同文)

黙っちゃうのは論外としても
まるで興味が無いような素振りは
相手ががっかりしちゃうだろうし
むっちゃ興味ありそうに受け取られて 話が発展しちゃっても
増々受け答えに困っちゃう

そんな時に 静かな笑顔で
「そうですか(○○ですか)
 それは それは・・・」
なんて言えたらいいと思わない?

何か 辛い悲しい話の時なら
静かに一言
「それは それは・・・」

こんな気の利いた一言が
使いこなせるようになるといいな♪
ラベル:自閉症
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