2011年12月31日

ぽつねーん とした幸福感

「ひとり」と「孤独」と「さみしさ」は
全く別の概念だと思う。
タグ:考える葦
posted by kururu at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

除夜の鐘を聴きながらお風呂に入って

湯船で
ひとりぼっち感を存分に味わうのが
好きです。

ぽつね〜ん、って感じがいいのだ♪
タグ:考える葦
posted by kururu at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月20日

始動☆

動き出したよ。
初めの一歩♪
posted by kururu at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月18日

お誕生日☆ 動き出すよ!

今年はいい1年になります♪(←確定☆!)
posted by kururu at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人生のファンファーレ♪

お誕生日なう♪
おめでとう kururu ☆

でね、
先程 日付が変わって
「今お誕生日が来た」って言ったら
あこがれのあの人が
♪はっぴばーすでー♪

歌ってくれたの〜〜〜☆!

10年以上前から CD 聴いてたあこがれの人。
TVでみて大笑いしてたあの人が
kururu のために
お誕生日の歌を歌ってくれたの〜〜〜〜♪
間近で聴く美声は
佳き1年の始まりに相応しい
高らかなファンファーレのようでした。

もう、うれしすぎて
気持ちがふわふわ〜
これは、今夜は寝れないな 笑。
お薬飲んで寝るけどね。

わーいわーい♪
お誕生日おめでとう kururu ☆
posted by kururu at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月03日

「もう、私たちが金ちゃんにできることはないよ、、と言い切れるくらい、長年、金ちゃんを信じて向き合ってきました。」SHAKALABBITS uki

SHAKALABBITS っていうバンド
そんなに聴いたこと無いけど
これは、なんていうか
考えさせられました。
今の自分( kururu )が感じていることと
とても近い。

バンドのメンバーが一人 辞めるにあたって
他のメンバーが思いを綴ってるんだけど
音楽だけの、バンドだけの話じゃないんだよ。
音楽やってる人にも やってない人にも
読んでほしいなぁ。

SHAKALABBITS OFFICIAL WEB SITE
2011.12.03
UKI、MAH、TAKE-Cからのコメント
 ダイヤ♢Always Look On The Bright Side Of Life!!!!!!!♢ダイヤ

【抜粋↓】
もう、私たちが金ちゃんにできることはないよ、、と言い切れるくらい
長年、金ちゃんを信じて向き合ってきました。
でも日々、言葉とは裏腹に逃げてしまう。
それでもバンドですから、その前に友達だから
創作も練習も本番もインタビューなどでも、フォローし合って歩んできた13年です。
その積み上げてきたもの、放っておいてきたものは
やっぱりいつか崩れてしまうんだと思い知りました。

ちなみに
「スタジオに入る」とは
音楽スタジオで、練習する、リハーサルする、録音する
などの行為を全部ひっくるめたカジュアルな言い方です。


けどね、ひとつ気になるのが
金ちゃんの状態。
鬱っぽいように思うんだけど
お医者さんにはかかってるかな?
何年も前からつらい思いをしていたようだけど
お医者さんにかかって休養できたら
脱退まで追い込まれなかったかもしれないと
悔やまれます。
posted by kururu at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

思えば正しく鬱でした(みんなに ありがとう♪)

2006年の12月
うちの彼が家を出たいと言い出し
1年程の家出と
その後のごたごたへと続く訳ですが

その頃の kururu を思い返すと
内省ばかりしていて
本当に正しく鬱病だったんだな〜
って思う。

「 kururu が あれが出来ないから
 彼を始め みんなと上手に付き合えないのだろう。」

「 kururu が これに気が付かなかったから
 彼がしんどい思いをしたのだろう。」

「 kururu がもっと気遣ってあげれば
 彼もしんどい思いをしなかっただろう。」

ときに
その原因を自閉症に求めたりもした。

「障害者と暮らす負担は
 精神的にも大きかったのだろう。」
とかね。

当時の自分としては
出来るだけ合理的に、客観的に、公平に
整理して考えてるつもりだったけど
今にして思えば
ずいぶん自責に捕われていたと思う。

そんな風に
過去の自分を過去として見れるようになったってのは
月日とともに ちゃんと成長してるって事だよね。
あの頃、ぐるぐる考えて
皆さんに励まされ
たくさんの人のお話を聞き
諸々の本を読み
そして今
新しい知識も得て 他者の言動に惑わされなくなったし。

今も鬱病だけど
そんでもって身辺はごたごたしたままだけど
むやみに自分を責めたりはしない。
自分でも強くなったと思う。

その成長過程で
ここの Blog の存在はとても大きな物でした。
いつも読んでくれてる皆さん
コメントくれる人たち
ありがとう。

みんな kururu のことを気にかけてくれてるって思うと
これからも元気に生きて行こう
って思えます。
ここの Blog まだまだ続けるよ。
これからもここで
みなさんとつながって行きたいです。

いつもありがとう♪

追伸:
初めての人からのコメントもお待ちしています。
どんな人が読んでくれてるのか知りたいです。
仲良くなれるかな♪
タグ: 自閉症
posted by kururu at 19:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月21日

昨夜は久しぶりにあそんできたよ♪

濃密な音楽
友人たちとのおしゃべり
新しい出会い

諸々の疑問も解けて
なんかすっきりしたし

楽しいいい夜でした
行ってよかった♪
タグ:
posted by kururu at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月16日

恋の始まり? 勘違い

友人のYちゃんは
楚々とした美人さん
CODA(コーダ:聾者の家庭に生まれた 聞こえる子)で
自身も生まれつきの難聴なんだけど
音声会話も 一見 難なくこなすので 傍目には障害があると分らない

それでもやっぱり 聞き取りは得意じゃなくて
相手の声の大きさ、距離、環境(ざわついてないか、とか)によっては
会話が難しい
聞こえにくいときは それはもう 一所懸命
相手に少し近づいて、目や口元をみて、一所懸命

そーするとね、何やら誤解発生☆!
相手の男子が浮き足立つ
「この子、俺のことが好きなんだ」

Yちゃん自身「聞き間違えている事もある」と自覚してるので
言動もやや控えめで優しげ(実際 優しい子です)
美人で 控えめで 会話中に顔が近づいて、しかも俺を見つめてる!
って、その気になる人 続出で
Yちゃん困惑

kururu は自閉症
他者と(物理的な)距離が近づくと落ち着かないし
近くても遠くても 他者と視線が合うのが苦手
うろたえちゃう

例えば 正面向いて話す時だと
たとえ親しい友人でも顔が50~60cm以内に近づくと落ち着かない
そーいう距離感って人それぞれだから、kururu 的に近すぎって感じることもよくあるんだけど
そんな時 kururu むっちゃそわそわしてると思う
もちろん会話もしどろもどろ
目を逸らしたり ちょっとうつむいたり しながら
機会をうかがって さりげなく後ずさってみたり(笑

そーするとね、何やら誤解発生☆!
相手の男子が浮き足立つ
「この子、俺のこと意識してる」

たより無さげな黒髪の女子(要は 会話がぎこちなくて 見た目が地味)が
もじもじして うつむいて そわそわしてる!
って、その気になる人 続出で
kururu 困惑

アスペルガー症候群など自閉症の人は
男子に比べて女子の方が、恋愛や結婚に結びつきやすいってのは
こーいうトリックなんじゃないかと


2007年03月12日
アスペの恋のハンディキャップ

2007年03月18日
手を握れなかった恋のおはなし

2011年01月15日
ノーマーク
タグ: 自閉症
posted by kururu at 10:59| Comment(2) | TrackBack(1) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

ノーマーク

あの〜
みなさんにお気遣いいただきまして恐縮です
年末のびっくり
実はぜんぜん深刻な話じゃないんです
「急なこと」「想定外のこと」に弱くて
結果として心身に響いたってだけで・・・
誤解を招いていると申し訳ないので解説しますと

まあ、平たく言えば
まるっきりノーマークだった男子に言い寄られたのですが
あまりの唐突さに まじびっくりして
相当にビビったらしいです。ワタクシ ((((((・_・;)

確かに
それまでは個人的な話をあまりしなかった人と
ここ1〜2ヶ月の間で 結構2人で話すようになって
e-mail の行き来も格段に増えてた
けどさー
二人でお茶した事もなければ
デートのお誘いすら一度もなし
過去にあれこれ考察した努力も 今回は役に立たなかった

たぶんねー
非自閉症のふつーのひとだったら ここまであたふたしないで
二人の未来をたのしく歩いて行けるところなのかもだし
そもそも何か予兆を感じてたと思う
今回だって
「その人が」苦手ってことじゃなくて
急に近づかれて びっくりしちゃったってだけの話で
けど、そこはほら 正しく自閉ちゃんなワタクシのこと
想定外の出来事で 心底おどろいた
いい大人がそこまでおたおたしなくてもいいじゃん! と自分突っ込み

これまでの経験上
おしゃれ男子に好かれる事はまずないだろうと思ってたってのも 油断の一因かも
(いや、おしゃれ女子にも相手にされてないけどさ)
あと、大人になると「突然」寄ってくる人って少ないし

こーいうのって いくつになっても慣れないな〜


2007年03月12日
アスペの恋のハンディキャップ

2007年03月18日
手を握れなかった恋のおはなし

2011年01月16日
恋の始まり? 勘違い
タグ: 自閉症
posted by kururu at 21:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月30日

2010年05月26日

キリスト教的解釈では

いやね、
そこの教会はプロテスタントなんだそうだけど
善悪の判断を下すのは神の領域であって
人間のする事ではないんだって
だから
例のお坊さまが言うような
「悪縁」というようなものは人間が決めてはいけなくて
「悪人」も居ないんだって
で、
「敵をも愛せ」になるらしい
ふーん

婚姻は神が執り行うものなので
不貞以外の理由では離婚は認めないんだって
で、再婚も不可
詳しく聞いてないけど、死別でも再婚不可っぽい話
それじゃーさー
自分の不貞で離婚された人は
まあ、罪を背負って行けという事なんだろうけど
死別した人や 相手方の不貞で離婚に至った人は
その後 どんな風に生きていけばいいのだろう?

こんど、また聞いてみよう

結婚を積極的に推賞していて
産めよ増やせよ、的な考えらしく
尊い職務に人生を捧げる人(聖職者等)や病人等以外の人は
神に祝福された「男女間の」婚姻をするべきだと考えているんだって
で、性同一性障害の話になったんだけど
そこの宗派としては未だ判断を決めていないそうで
けど、牧師さんの話では
どうも、「体の性」を「その人の本来の性」だと考えているようで
ちょっと違和感を覚えた

kururu としては
人間の本質は『身体』ではなく『精神』であると考えているので
例えば、
「男性の体を持って生まれて来ちゃったけど心は女性」な人は
当然『女性』であると思うのですが

身体障害者は人間として劣っていると考えるのだろうか?
うーん、このへんも もう少し話を聞いてみよう
posted by kururu at 23:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

教会へ行ってみた

ここんとこ
キリスト教の『愛』とか
仏教の『徳』とか
カントの『自由』とか
あれこれ考えてる

今日、近所を歩いていて
ふ、と教会が目に入る

そーいえば、ここ キリスト教の教会なんだった
キリスト教での考え方を聞いてみたい
「お話を聞ける会とかないかな〜」
と思って
入り口のパンフレットを手に取る

「ふむふむ 毎日何かしらやってるのね」
なんて思ってたら
中からお兄さんが出て来て招いてくれた
中に入ると
受付っぽい所の机で マダムが執務中

二人に
最近考えている事とか
話してみたら
あれこれ話を聞かせてくれて
kururu の疑問に答えてくれて

更に
「今日の夜も聖書のお話の会があるから」
と誘ってくれた

そんな訳で
夜の会にもおじゃましてみた
今日は『婚姻』の話
おもしろかった

うんうん
今日はいい日だ
posted by kururu at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月18日

同床異夢?

その
NHKの『ハーバード白熱教室』
毎回見てるんだけど
彼もときどき一緒に見てる

でさ
見終わって感想など話してみると
同じ講義を聞いてたのに
考えてる事はけっこう違う
まるっきり反対の事を考えていたりして
びっくりするよ

自身のネガティブキャンペーン(?)を展開中の彼のこと
これも
「ぼくたち、こんなに違うんだね ぜんぜん合わないよね」
ってなアピールも兼ねての事かもしれないけどね
タグ:考える葦
posted by kururu at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月17日

カントの『自由論』

カントさん曰く
人は
感覚ではなく 理性に従って行動するときにのみ
真に自由であると言える

どういう事かっていうと、
例えば
 地面に落ちるのは
 林檎の自由意志ではなく、自然の摂理に支配されての事である
同様に
 さっきまで出かけようと思っていたのに、
 雨が降っているのに気がついたとたん、出かけたくなくなってしまう
 これは、環境や一時の感情に支配され 流されての事である
さらに
 空腹で何かを食べる、 怒りを爆発させる、 衝動的に突っ走る、
 恋に溺れる、なども同じ

つまり
人間が欲望の対象へと向かう行いは
単に対象によって引きずられているだけの奴隷のような行いであり
=他律であり =不自由である

多くの人が漠然と考える自由とカントの考える自由の間には
大きな隔たりがあるね
一般には
「自分がしたいからする」というのは
自由意志に基づく行動であると考えられているけれど
けれども、ほんとうにそうなのか
感情や気分というものは
そのときどきの情況に左右されるのではないか

人間と動物を分けるものは何か、というと
それは理性である、とカントは考えた
動物は本能に支配されて生きている
けれども人間は、理性を持つことで、本能から自由になっている
カントのいう「自由」の中味はそれなんだ
自らの内側にある理性に従って生きることこそが
人間だけに与えられた自由である、と

本能や欲望や欲求に惑わされず、理性の声に耳を傾ける
すると
自分が何をしなければならないか、ということが
おのずと明らかになってくるはず

カントによれば
理性的意思が自ら立てたルールによって自分自身を規定する事
意思の自律こそ真の自由であるというのです

カント自身の言葉
あることをなすべき(soll)であると意識するがゆえに、
そのことをなすことができる(kann)と判断するのであり、
道徳法則がないとすれば
彼にはいつまでも知られるはずのない自由(Freiheit)を
おのれのうちに認識するのである。
タグ:考える葦
posted by kururu at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月16日

『彼=正義の人』という認識を変えてみる

人を見る目がない っていうか
人を疑う事を覚えましょう っていうか

以前から何となく気付いてはいたんだけど
ワタクシ
物事をなんでも良い方に捉え過ぎなんじゃないかと・・・


『彼=正義の人』という認識を変えてみると
あれこれ合点がいく

さっきの『足を踏んだ方の人が怒っているような』の他にも

普段は愛を実践するやさしい人がなぜこんなことを?
と思うような事を時々するのは
kururu の前では
kururu の価値観(倫理観とか)に No と言わなかったから
kururu の目には『やさしく真面目で誠実な人』に見えてただけなのかも

世の不届き者に憤ったからといって
いきなり怒鳴ったり暴力に訴えたりするのは何故だろう?
と不思議だったんだけど
それは 正義感からだけでなく
「ルールを破っている人、あるいは
 暗黙のルールやマナー(と彼が思っている事)を無視している人を見て
 頭に血が上がっちゃった」
とか
「世間の暗黙のルールに彼が気付かず(あるいは合点がいかず)
 頭に血が上がっちゃった」
ってこともなのかも

近頃は
「よそに面白そうな事が出て来たから離婚したい」
などと無法な要求を突き付けるにあたり
妻が納得するに足る理由も覚悟も条件も提示せずに
「僕の言う通りにしてくれないなんてあんまりだ」
というような言動を取り
さも「自分は被害者である」と言わんばかりの顔をできるのが
不思議だった

そんな人ではないと思ってたんだけど
現状は
「自分の言う通りに離婚に応じてくれないから
 暴力(精神的DVと経済的DV)で追いつめて自分に従わせよう」
としているようにも見える

買いかぶり過ぎだった?
現実をよく見にゃいかんよね
posted by kururu at 22:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

足を踏んだ方の人が怒っているような

以前から不思議だったんだけど

例えば
電車の中で足を踏んだ人が
踏まれた人に向かって怒っているような

うちの彼、時々そういう怒り方をする
kururu が『踏まれた人』の場合もあれば
『踏んだ人の連れ』の場合も『偶然居合わせた人』の場合も

ずっと不思議に思っていたんだけど
どうして不思議だったのかと考えると
『彼=正義の人』だと思っていたからなんだよね

ここで『彼=自閉傾向の人』と捉え直すと合点がいく
「思いがけず脚を踏んじゃって びっくりして怒っちゃった」
あるいは
「想定外の出来事が起きたことが 憤懣やる方ない」
って事なのかも
ふむふむ。。
タグ:自閉症
posted by kururu at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月12日

『ノスタルジックオーラ』があるのかも

今回のモテ期(?)で思い当たった
もしかして kururu には
『ノスタルジックオーラ』があるのかな〜

成人式の日の夕方
中学校の同級生たちと飲みに行った
そしたら
何故かモテた
在学中は、全くさっぱりだったんだけど

就職してすぐ(20歳代前半の頃)
職場のおじさん(って言っても30前後だったかも)が
とろい kururu に とても親切にしてくれてた
「担当も違うし、あまり話した事もない人なんだけど・・・(・o・?)」
と、ちょっと不思議に思ってた
そんなある朝
まだ人気の少ないオフィスで
その人が手紙をくれた
「大学生の頃、京都で
 好きだった女性が死んじゃって
  kururu さんを見てるとその人を思い出します
 いつまでもそのままで居てください」
いやいや、私は私なりに成長したいです
まだ e-mail がなかった頃なので
手書きで
便せん3枚、びっしりと思い出が綴られ
思い出の場所の地図まで添えてくれてた

似た経験は、別の職場でもあった
恋人が病気で死んじゃったと言うその人は
手紙ではなく
しょっちゅうドライブに誘ってくれてた

あと、留学生とか
郷里を離れている人たちにも よくモテる
特にインド人
いや、別に顔が濃いって訳ではないし
『The 日本人』な見た目なんだけど。。。

関係ないかもだけど
お年寄りにもうけがいい

見た目も 言動も地味だし
気の利いた事も言わなければ 聞き上手でもない
もしかしたら、 kururu には
ひとの『思い出スイッチ』を刺激する
『ノスタルジックオーラ』でもあるのかも
タグ:
posted by kururu at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なんか・・・モテ期?

近頃、なんだかモテ気味で
あちらこちらでちやほやされてる
「気のせい? はて・・・(・o・?) 」
なんて思ってたんだけど

昨日 高校からの友人たちと会った
いつもの顔ぶれの他に
卒業以来の人も

そしたらさー
なぜか kururu だけモテまくり☆
何故だ?

昨日 髪を切ったから??
めったにしないお化粧をしてたから???
はたまた ブラウスにアイロンをかけてったから????
いやいや、胸元のゴムシャーリングがお気に召した?????

理由が分からん。。。
「別れ話中の人妻オーラ」が出てたかな?
そんな話は誰にもしてないんだけどな〜
タグ:
posted by kururu at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

イエスさんは愛を説き、仏陀さんは徳を説く

キリスト教では
『博愛』を説くじゃない
・なんじの隣人を愛せよ
・敵をも愛せ
・病める時も健やかなる時も

こーいうのは 何となく聞き覚えがあって
「なるほど〜」なんて納得もし( kururu の考えの元はこれ)
kururu も人生の道しるべ(の一つ)として来た

対して 仏教は
キャッチーで象徴的な定型句が無いせいもあり
その思想が一般社会に浸透していない
kururu もなじみが無くて
あまり考えた事が無かったんだけど

日本の仏教では『徳』を説く
そんでもって、『縁』も大事
・善い友と交わることは 仏道修行のすべて
・悪縁を絶つのも一つの修行

むむむ・・・そう来たか
現代日本で
ふつーに育って ふつーに暮らして来たつもりなんだけど
仏教の事、知らなかったな〜

kururu さー、
『病める時も健やかなる時も』の思想で
「DV以外の理由では離婚はしない」
と決めていたんだけど
仏さまは『悪縁を絶て』とおっしゃる

今、うちは
経済的&精神的DVが・・・
まあ、この状況も『病める時』とも捉えられるけど
そんな中にあって
『病める時も・・・』をどこまで実践出来るか

仏さまに『悪縁を絶て』と言われると
「彼との縁は 今となっては『悪縁』なのだろうか」
と迷いが出る

ついつい楽に流れそう
はてさて
自分の進むべき道は如何?

【仏さまの言葉を教えてくれた本↓】
特集の『真似のできない仕事術2』の中で
比類無き仕事人の一人として紹介されている
浄土真宗の若いお坊さまが(この人
現代人にも理解しやすいお話をしてくれてるよ
「"信じる"を信じない」とか
「"御縁"を見極める」とか

BRUTUS ( ブルータス ) 2010年 5/1号 [雑誌]
タグ:考える葦
posted by kururu at 13:50| Comment(3) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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