2011年12月04日

大人になるって素敵♪

おなか痛くて
丸まってゴロゴロしてても
頭痛くて険しい顔をしてても
血圧上がんなくて
1日中這いつくばってても
怒られない・°`☆

大人になるって
親から独立するって素敵♪
ラベル:考える葦

2010年05月15日

「『理想の家庭を作る』という『虚構』」by 萩尾望都

萩尾望都(漫画家)が
自身の生育環境について書いているのを発見
彼女の家だけではないし、kururu んちだけでもない
親というものは
『理想の家庭を作る』という『虚構』に取り付かれるものなのか
そして、 kururu も
彼に対して同様の事をしていなかったか
こうして『現実』を知り 考える事で
あるいは意志の力で
負の連鎖を自分の代で断ち切れるだろうか

文藝別冊 萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母


やさしいのだけれど視野が狭く、
こうあって欲しい、という理想像から外れた娘が
決して理解できない父と、
子どもの頃のコンプレックスが潜在する母。
おかあさんはいまだにこの偉大な漫画家に
「童話を書けばいいのに。劇作家になったらいいのに」
と言うんだって
父は早くに両親を亡くして、家族間の愛情を受けて育ってない。
だからいい家庭を作りたいという理想が父にあって、
だけど実際に「これがあったかい家庭である」と言うものを
知ってるわけじゃないから、イメージずれまくりですよね。
母親は(中略)自分も出来が悪い子供時代を送って辛かったから、
なんとかそういう家庭を作って見返してやりたい、
みたいな葛藤があるもんで、家に余裕がなくなる。気持ち的に。
そこらへんが辛くて、私はマンガに逃げた(笑)。
 (中略)
私の父と母は、理想的なよい家庭を作ろうとして、
子どもたちにいろいろな躾をしていた。
それはありのままの子どもを受け入れることではなくて、
親の望む通りに子どもを矯正すること。
現実に、親たちの躾、矯正をうけて、
私はそれらが現実なのだと思っていたのですが、
もしかしたら
それらの躾、矯正そのものが実は非現実的、虚構だったのではないかと。
なんだかうまく言えませんが、
親たちも「理想の家庭を作る」という「虚構」を、
現実と勘違いしていたのではないかとそう思えるのです。
「家庭内総合幻想」?とでもいいますか?
そして私は「家庭内総合幻想」から逃れるために、
SFとファンタジーに、走るわけです。ふう。
ラベル:本とか 考える葦

2010年04月16日

「自分を大切にするのも程々にしなさい」by kururu の母

久々に母と話して また思い出したんだけど

昨年、 kururu のアトピーが悪化して
「乳製品アレルギーが出た」と伝えたら
母から届いた手紙
あなたは乳製品が食べられないとか言うけれど
自分を大事にするのも程々にしなさい
食生活は健康の基本です
食べられないと言っていないで、バランス良く食べなさい

病院なんて
死にそうになったら行くくらいでちょうど良いのではないですか
はい
かゆみで眠れず死にそうでしたが・・・
ってか、アレルギーを甘く見て 無茶な食べ方してると
どんどん進行して 本気で命に関わるんですがね

相変わらず、言う事が理にかなっていない
どうしてそういう発想になるやら??? ・・・(・ ・?)

母は、近頃 父がまめに病院へ行くのが気に食わんらしく
父のことを「自分を内観できていない」とか言ってるし・・・
いや、彼は70過ぎた爺さんですよ
何の不調も出ないと期待するのはむしがいいってもんなんじゃない?

この人
「自分の身内が世間並み以下だなんてありえない」
「健康でないなんて不愉快だ」とでも思っているのか
よく、こういう物言いをする
小さい kururu が疲れてぐったりしてると
「モタモタするな」
どこか痛くて困ってると
「しゃんとしなさい」(これ

窓際のトットちゃんを読んでは
「ハンデがあっても立派に生きてる人が居るのに
 あんたはなんでまじめにやらないの!!!(怒)」
と娘を責め立てるばかりで(これ
未診断だったにしても
自閉症とLDでしんどい思いをしている娘を毎日見ているのに
負担軽減を試みるなど思いもよらなかった様子

度々学校で倒れ、時々救急搬送される娘を迎えに来れば
毎度毎度 迷惑そうな態度で叱責する
過呼吸や血圧の急低下などについて
医師から
「自律神経が上手くバランスが取れていないので・・・」
と説明を受ければ
「あなたが甘えてばかりでしっかり自立していないから
 こういう事になるのよっ!!」
と的外れな批難をし(これ

我が親ながら
どうも思慮が足りない様におもわれる
(しかも口が余計)
新聞も少しは読んでるし(主に家庭欄だけど)
人付き合いも広い
ボランティア活動なども長年してるし
極端な世間知らずという訳ではないはずなんだけど
それで、70近くなってまで
どうしてこうなのか???

親戚付き合いも ご近所付き合いも
そつなくこなしているように見えてたんだけど
思い返せば
事情のある人たち(健康上の悩みのある人たちとか)からは
疎んじられていたような節も。。。

娘相手に暴言を吐いてるくらいならまだいいけれど
よその人に失礼を働いているのではないかと気にかかる
歳も歳だし
今さら大きな気付きが訪れるとは期待出来ないけれど
せめて口を控えてくれたら、と思う

【おまけ】
人は
新聞を読んでても、人付き合いがあっても
視野は開けず、偏見に気付かず、人に絶望を与えてしまう
こういう「想像力の欠如」のことを
養老先生は『バカの壁』と呼んだのですね

バカの壁 』養老 孟司 (著)


超バカの壁 』養老 孟司 (著)

2010年04月05日

数年ぶりに親に電話をかけてみた

昨日 かけ損ねた母の誕生日電話
1日遅れでかけてみた

数年ぶりの電話
kururu が名乗るのを聞いた母が
「はい? だれ?」

無沙汰を散々つつかれてから
誕生日の祝いを言って
あれこれ近況を訊かれ(うやむやに回答し)
あちらの近況を聞き

夫婦で『尊厳死協会』に登録したと言う
母「延命治療はしないでね」
はい わかりました

母「死にそうになった時に『延命しないで』って言えないだろうから」
なるほど
k「そーだよねー
  どんなに長生きしたとしても 一生に一度しか死ねないんだから
  悔いの無い死に方をしないとね」
母「確かに!
  予行練習もやり直しも出来ないんだから
  こころして挑まない(いどまない)と」

彼らは
お寺さんで何やら修行(?)をしたらしく
既に戒名も持っている
身仕舞のいい人たちだ☆
子供たちが当てにならんからか? (・・)ゞ

何はともあれ元気で良かった
母からも、柄にも無く
「声を聞けて嬉しかったよ」とのお言葉
ぶちぶちと批判や説教ばかりしてると
娘に避けられると気付いたらしい

母が「父に代わろうか?」と言うので頼んだら
父が「別にいい」と ・・・(^_^;)
kururu としても 何を話せばいいか分からんので
ちょっとほっとしたり

娘はなんとか生きてます
そちらはそちらで お元気でお過ごし下さい
あまり接触しようとしないで 適度な距離でお願いします

2010年04月04日

母の誕生日

昨夜 兄が急に来た
近所でお茶して ちょっとおしゃべり
兄「明日、母の誕生日だよ。電話でもしたら」
あ、そういえば!

kururu さー
自分と彼の誕生日と
自分達の結婚記念日くらいしか
思い出さないんだよね
(いや、キリストさんの誕生日も思い出すけど)

で、
「せっかく教えてくれたので
 母に Happy Birthday call でもしようかな」
と思ってたんだけど
本日 気が付いたら既に夜。。。

しょーがない
明日にします

2009年12月30日

40歳のお祝いに

兄からのプレゼント
カシミヤのマフラー
やわらかいな〜
うれしいな〜

兄に呼ばれた

「食事でもどう?」
年に一度も会わない兄が誘う
仲が悪い訳ではないが良くもない
ってか
あの人のことはよく知らない

子供の頃
多動で粗野な兄と
自閉症で刺激がこわい妹
寄れば必ず妹が泣くので
キレた母から
「あんたたち、近付くんじゃありません!!」
と、接近禁止令が出ていた

中学生くらいの頃は
出来の悪い kururu に
親に倣って兄までもが厳しく接したので
(兄もそれ以外の接し方が分からなかったのかも)
kururu は家の中に逃げ場がなかった

高校以降の kururu は
家に滞在する時間を極限まで(?)減らしていたし

そうこうする内に大人になり家を出たので
育つ過程で心通わす間もなく
大人になった今
苦手な人ではあるけど、特段 仲が悪い訳ではない
お互い よく知らないので
若干の遠慮があり
ずけずけと踏み込まないことも良いのかも
よかったよかった

そんな訳でお食事会
けれど、さしで会うのも気が進まないので
従兄弟(いとこ)を一人 呼んだんだけどね

忘年会2連ちゃん(その2)は
年末の従兄弟会
みんな大人になりました
ラベル:自閉症 ADHD

2009年11月10日

幻の娘

→つづき
思えば、うちの親は
これまで 現実の娘を見ていなかった
目の前に居るわが子を見ずに
『世間並み』だとか『いい子』だとか
そんなイメージにばかり目が向いていた
現実には存在しない、世間並みの『幻の娘』を
ずっと追い求めていた

だけど、現実の娘は
出来ない、遅い、覚えない、
可愛げが無い、小理屈をこねる
日々体調不良で、しょっちゅう倒れる
どうもイメージと違う娘を前に考える
「努力が足りない」
「真面目にやればできるのに」

『幻の娘』を押し付けられても対応できず
娘は親を避けていた
家に居着かない娘
孝行の気配すら感じられない娘
親の不満は膨らむ

40年目にして初めて見えた現実
親にとってはしんどい事だろうけど
娘にとっては重荷が取れた ってところ

現実を直視すれば 新しい関係が築けるだろう
語調の変わった母の手紙に
淡い期待
ラベル:自閉症

2009年11月09日

ショック療法が効いたかな?

チョコレートに添えて母の手紙
語調が随分と変化して
いつになく優しい

半年前のショック療法が効いたかな?
正直 ほっとした
ラベル:自閉症

2009年04月24日

強い眠気に引き込まれるように
Bed に倒れ込む
力が入らず 指先一つ動かせない

人が来る
足音を忍ばせ階段を上がる
部屋の戸が開く
誰か近付く
頚椎の隙間に針が当てられ・・・


ひゃ〜〜〜 (((>_<)))
変な夢見ちゃった
今の家には階段が無い
夢に見たのは あの家の間取り
うちの親は『必殺 仕事人』かよ!(苦笑)

いつ何をされるか分からない
という意識が
幾つになっても抜けきらない
ラベル:自閉症

2008年05月12日

暮らしのペース

→さらに続き

kururu 家にヘルパーの人が来ているのを見て
父が憮然とした様子で母に言う
「時々 kururu の手伝いに訪れろ」
母は
「冗談じゃないわ
 私だって忙しいのよ〜 (^_^)」
母よ ありがとう
そうしょっちゅう来られては
こっちだって「冗談じゃない」のである

曜日を決めてヘルパーの人に来てもらう
勝手の分かった 気持ちの通じる人が
適切な頻度で来てくれるからこそ
助けになるのだ
勝手も分からない
しかも
身内意識で遠慮もない人に
そっちの都合のいい時にだけ踏み込まれては
ほんと いい迷惑
こっちの身が(気が)持たない

親心はありがたいけど
思いつきで物を言うのはやめてくれ
何年もかけて
やっとの思いで確立した『暮らしのペース』を
引っ掻き回してぶちこわすのは
ほんと、やめてね
ラベル:自閉症

父の mail が矢の如く

→数日来の続き

うーん
父のアスペスイッチが入ってしまった模様

やれ、保険の申請をするから診断書を送れ、だの
身体障害手帳のコピーを送れ、だの
(いや、メインの障害は『精神』ですから)
的外れな要求が次々と降り注ぐ

あの〜
いまんところ困っているのは
先天性(生まれたときから)の障害と
先天性(生まれたときから)の病気と
小児期(子供の頃)からの病気なので
生命保険、簡易保険、損害保険、個人年金、厚生年金
全て対象外です

それに
診断書取るのだって大変なのですよ
お宅の娘は
子供の頃から学校の宿題すらできなかったでしょ
そーいう仕事は向いてません
ついでに言うと 今現在
1日外出したら 3日寝込むような状態なので
あまりあれこれ要求しないでね
仮に診断書を取るにしても
いくつもの診療科を回って
その全てに何千円も払ってまでするようなことじゃありません

そもそもが
退職後 無趣味の父だ
時間だけはたっぷりあるのよね
まいった。。。
ラベル:自閉症

2008年05月10日

『やれば出来る』は幻想です

→さらに続き

kururu の親は
いつもヒステリックに言っていた

「やれば出来るでしょ!!」
「やれば出来るのに何であんたはやらないの!!!」

大人になった今 思う
お宅の娘は
「やって出来た」試しがありましたか?
周囲の期待に応えられたことがありましたか?

見たことも無いことを現実だと思い込むのは何故だろう?
その幻想に付き合わされるのはしんどいのですよ
30年以上も付き合ってきたんだもの
そろそろ解放してほしい

以後 娘がその幻想に付き合うことはないでしょう
もう あれこれ期待しないでね
ラベル:自閉症

障害受容のショック療法

昨日のつづき
kururu の両親は
娘の障害やら病気やらを
いっさい受け入れていない
娘が告知&解説を試みても
はなっから突っぱねる

でもね
昨日は 金曜日
kururu はいつもの家事の日
両親の急襲に合ったとき
kururu 家にはヘルパーの人が来ていた
娘の家で赤の他人が勝手知った様子で立ち働いている
しかもその人のエプロンには『○○介護サービス』の文字
どんなに頑な 年老いた親でも
否定しようのない現実を目の当たりにしたって訳

二人して黙り込んでた
で、お茶飲んで帰った

年老いた両親に現実を突き付けるのは酷なのかもしれない
けどさ
現実を受け入れてくれないことには
娘に過度な期待や無茶な要求を突き付けるのを止めはしないだろう
こっちだってしんどいのよ
ま、しばらく落ち込むことだろうけど
自力で立ち直ってね
そんでもって
娘には あまりあれこれ期待しないでね
ラベル:自閉症

2008年05月09日

kururu は電話に出られません

さっきの続き

kururu は電話が大の苦手
基本的に電話には出ない
電話機はいつも留守電
親族にもその旨伝えてある
交友関係にも一通り知れている

それに加えて
間が悪いことに
今、電話機の不調で
うちからの発信もできなくなってるの
そんな話を しばらく前に
兄との e-mail に書いた

なのになのに
うちの兄ったら
「 kururu ん家に電話をかけても繋がらない」
「妹は元気なのか?」
と親に話しちゃったらしい。。。(・・;)ゞ

そうでなくても
すぐに『非常事態宣言』を発してしまう 父の脳みそ
そんな事言ったら
どんどん 際限なく 悪い方に考えちゃうに決まってんじゃん (∪_∪;)
「おいおい、兄よ
 e-mail で確認してからにしてくれよ〜」
なんて思ったり

ま、元を正せば
今のご時世に 電話に出られない kururu が悪いのか

続く→
ラベル:自閉症

両親来宅 〜(・・; )おろおろ( ;・・)〜

久しぶりの親ネタ

本日 両親の急襲に合いました
いやね
昨日今日と何回か電話が鳴ったな〜
って思ってたら
あちらでは
「娘 行方不明」「生存確認不可」
って思っちゃったらしく
二人そろって確認に来たって訳
kururu が在宅だったから良かったものの
居なかったら
隣宅からベランダ伝いに
ガラスを割って家に入ろうと思ってたそうな。。。
本気の証拠に『金づち持参』でした (∪_∪;)

「おいおい やめてくれよ〜」
と思いつつ
思いっきりアスペな父のこと(未診断ですが)
思い込んだらブレーキが利かないのは昔からだったな〜
なんて思ったり
それに付き合う母もご苦労さんなことで
なんて思ったり

続く→
ラベル:自閉症

2008年03月03日

当事者の立場、保護者の立場

kururu は自閉症
『当事者』の立場を生きている
でもね
思い返せば 子供の頃から
自身の『保護者』の立場でも生きてるんだ

実際に会って話したり
あるいは
諸々のメディアで見聞きしたりして想像する
今時の自閉症者の保護者のおかれた立場は
外交、防衛、教育、その他諸々
常に厳しく
一つ一つ共感する

kururu が育った頃は
発達障害者への世間の認知も 今以上に浅く
実の親も『味方』ではなかったので
自分自身で
学校、教育委員会、他の児童生徒、その保護者、自身の家族 親族、ご近所、
そんな人々に
時に理解を求め、時に交渉し
常に外部との折衝の最前線に立ち
常に風上で 非難の矢面にも立ってきた
自身の気持ちのバランスが崩れた時に
なだめるのも自分
学習面での遅れをどうにかせねば、と思い
民間の教育機関(要は学習塾)を探してくるのも自分
何かおかしいのでは?と考え
医療機関を探すのも自分
自己評価の低さを立て直すのも自分
そうやって そうやって
今時の『保護者』のみなさんと
同じ立場をも生きてきた気がする

苦労自慢をしたいわけではないし
当時の周囲の大人を恨むわけでもない
ただ、
今まさに
様々なご苦労を背負っている親御さんたちを見ると
「がんばってるな〜」と思い
「いつか楽になる日がくるよ」と伝えたいんだ
ラベル:自閉症

2008年01月15日

血統

kururu は
実の父のことを
「彼も自閉症なんじゃないか」
と思っている

父が自閉症の診断を受けたことはない
本人も妻もそんな事 思いもしていないだろう
けど
会話の間合いの不自然さ
話題を読む能力の低さ
人間関係の不器用さ
特定のことに固執する様子
そして
ストレスの強さと それによる諸々の不調を見るにつけ
ここまで生きてくるのに
たいそう苦労したことだろう、とほんとに思う

途中 体調を崩し職を失ったりもしたけど
その後 なんとか 定年まで勤め続けて
どうにか年金生活に入った
もう 診断なんて必要ないのだろうけど
諸々の負い目と無念さを背負ってきたであろう彼に
「あなたは悪くない」「これまでよく頑張った」
と、知らせてあげたい気持ちも ちょっとある

長年の苦労を思うと
老後は 心穏やかに 楽に過ごしてほしいと思うけど
娘はあまりにも出来が悪くて
親の気に障ることばかり
腑甲斐無いなぁ。。。
ラベル:自閉症

2007年09月27日

人生の補助エンジン

kururu が家を出ると言ったところで
家庭の状況が違えば実現しなかったろう

「余裕がない」「苦しい」と言いながらも
学費を出し 仕送りをしても
なんとか食べて行けるだけの
両親の経済状況

何か月ものバトルを繰り広げた後ではあったけれど
父を説得し 家計をやりくりして
最後は笑顔で送り出してくれたのは
数日前まで一番の強敵だった母だった

はじめ、両親は
kururu の進む道としては
『家から通える有名女子大』⇒『サラリーマン家庭の主婦』
を思い描いていたらしい
父は『家庭に入るのが女の子の幸せ』と思い
母は『この子は社会でやって行けるのだろうか?』と思ていた様子
幼児期から 他の子よりいつも遅れる我が子を見てきたら
そりゃ〜、職を手に自活できるとは思えなかったことだろう
(現に、今の kururu は経済的に自活できてないしな〜)
見合いでもさせて なんとか生きて行けるように
と思う親心がうかがえる

でも、kururu の決意を知った後
母は 家庭内の問題を片っ端から解決してくれた
そーいえば 彼女は
先進的な女子教育の窓の出だった
片田舎の専業主婦ながら
男女同権の思想を実践していた

やっぱり
あの両親あっての 今の kururu なんだな〜
なんて思う
感謝!
ラベル:自閉症

人生の岐路

あの時の あの選択が 今の自分を決めたんだ
とか
あの時 一歩を踏み出さなければ 今の自分はなかった
とか
そんなことをぼんやりと思う

楽な選択ではなかった
普段にも増して身の置き場のないような辛い状況を
数カ月すごして
どうにか抜け出したあの家
あの時 無理を承知で飛びなさなければ
未だに 老いる両親の元で無為に年を重ねていたと思う
何の診断もつかず
的外れな通院を繰り返していたことだろう
日常生活は
親元でニートか
もっと悪ければ引きこもり
kururu にとっても 親にとっても
辛い日々になっていたと思う
ニュースで見る 親子間の殺害事件 が
まるで他人事とは思えない

現状だって そんなにいいもんじゃないけど
ひとりぼっちでも身の置き場はあるし
出かければ言葉を交わす友人もいる
何より 自分自身に自信を持っているもの
辛い選択を放棄しなかった 過去の自分を
そして 今の自分を
こっそり誇りに思っている
ラベル:自閉症
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