2007年08月29日

要は『精神の自立』なんだ

たとえ
重い障害を持ち
全介助の生活を送っていたとしても
自分で考え
自分で決める
そういう人と過ごす時間は楽しいし
その人の人生には意味があり
その存在は尊い と感じる

五体満足
社会的 経済的に 不自由なく暮らす人でも
考えることをせず
他人におもねり
決定を他人にゆだね
あらゆる責任を放棄している人を見ると
その人がここにある意味は何なんだろう?
と思う
そして
そういう人を見ると
『かわいそう』と感じることがある


ラベル:考える葦
posted by kururu at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛してるとか 好きだとか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。