2010年05月15日

「『理想の家庭を作る』という『虚構』」by 萩尾望都

萩尾望都(漫画家)が
自身の生育環境について書いているのを発見
彼女の家だけではないし、kururu んちだけでもない
親というものは
『理想の家庭を作る』という『虚構』に取り付かれるものなのか
そして、 kururu も
彼に対して同様の事をしていなかったか
こうして『現実』を知り 考える事で
あるいは意志の力で
負の連鎖を自分の代で断ち切れるだろうか

文藝別冊 萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母


やさしいのだけれど視野が狭く、
こうあって欲しい、という理想像から外れた娘が
決して理解できない父と、
子どもの頃のコンプレックスが潜在する母。
おかあさんはいまだにこの偉大な漫画家に
「童話を書けばいいのに。劇作家になったらいいのに」
と言うんだって
父は早くに両親を亡くして、家族間の愛情を受けて育ってない。
だからいい家庭を作りたいという理想が父にあって、
だけど実際に「これがあったかい家庭である」と言うものを
知ってるわけじゃないから、イメージずれまくりですよね。
母親は(中略)自分も出来が悪い子供時代を送って辛かったから、
なんとかそういう家庭を作って見返してやりたい、
みたいな葛藤があるもんで、家に余裕がなくなる。気持ち的に。
そこらへんが辛くて、私はマンガに逃げた(笑)。
 (中略)
私の父と母は、理想的なよい家庭を作ろうとして、
子どもたちにいろいろな躾をしていた。
それはありのままの子どもを受け入れることではなくて、
親の望む通りに子どもを矯正すること。
現実に、親たちの躾、矯正をうけて、
私はそれらが現実なのだと思っていたのですが、
もしかしたら
それらの躾、矯正そのものが実は非現実的、虚構だったのではないかと。
なんだかうまく言えませんが、
親たちも「理想の家庭を作る」という「虚構」を、
現実と勘違いしていたのではないかとそう思えるのです。
「家庭内総合幻想」?とでもいいますか?
そして私は「家庭内総合幻想」から逃れるために、
SFとファンタジーに、走るわけです。ふう。


ラベル:本とか 考える葦
この記事へのコメント
家族を持ったら誰持つ感情でしょうね。

最善をつくす

これは時に重荷であったり幻想であったり

なかなか冷静になれませんよね。
Posted by kohaku at 2010年05月22日 00:20
たった一人の人間が考え得る『理想』や『最善』なんて
たかが知れてて
矛盾やら無理やらありまくるだろうし
構成要素(要員?)と照らして「どう考えてもそうはならない」
ってこともある訳で

構成要素を見極める、現実を見つめて正しく評価する、
ってところが難しくて
たぶん みんなが間違える所なんだと思います

ワタクシなんて
一番身近な人の現実(だと思っていたもの)でさえ
勘違いで築き上げた幻想だったかも
と省みる今日この頃です
Posted by kururu at 2010年05月22日 00:53
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