2009年07月01日

機械に縛られて送る一生って???

子供の頃に 学校で
『未来の世界』を予測した本を読んだ
「人々は常にコンピューターを持ち歩き
 (パソコンとかケータイとかと言う言葉も無かったな〜)
 電車に乗っても
 道を歩いても
 食事中でも
 コンピューターと向き合うようになるだろう」
との予測に
クラスのみんなで
「そんな訳無いじゃん」と叫ぶと同時に
「そうはなりたくない」とも言い合ったものだけど

現在、辺りを見回せば
電車に乗っても
道を歩いても
食事中でも
ケータイをいじってる人だらけ
子供の頃に読んだ『未来』がここに!

現在も「そうはなりたくない」思いを持ち続け
ケータイは持たず、e-mailの返信も遅い kururu は
現代社会では『かなりの変わり者』な様子

そろそろケータイを持ってもいいかな?とも思ってるけど
持ったとしても
自分の時間を
機械に(そして他者に)振り回されるようなことにはならないように、
と思ってる

みんな〜!
mail の返信をすぐにしなくちゃ保てない様な関係は
本当の意味での『友達』でも『恋人』でもないよ
機械に(そして他者に)自分の時間を縛られる様な生活は
もう止めよう☆
自分の自由な時間を取り戻そう☆
無為な時間よ Come back〜☆


ラベル:考える葦
posted by kururu at 03:51| Comment(4) | TrackBack(1) | 社会について考えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
色々検索しておりまして、

未来予測で検索していたらここにたどり着きました。

とても興味深い記事を書かれていますね。

私の友人ですが、こちらも面白い記事を書いているので、是非遊びに来てくださいね。

http://blog.livedoor.jp/yume2323/

Posted by 小林 哲人 at 2009年07月01日 12:10
小林 哲人さん\(*^▽^*)/
ようこそお越し下さいました☆

この本、30年程前に
ドコゾの学者さんが書いたものだったと記憶しています
当時、コンピューターと言えば
机上を占領しちゃう程の大きさで
まともな仕事をさせようとすれば
部屋を占拠する程の大きさのシステムを要し
一般人の手にする様なものではなく
一般人のイメージするのは
お茶の水博士の世界でした

> 電車に乗っても 道を歩いても 食事中でも
> コンピューターと向き合うように
と聞いて
小学生の kururu がイメージしたのは
食事中にも宿題のドリルをさせられる様な
あるいは
走りながら熱いそばを食べる様な
そんなものでした

現代のケータイ社会もそんなふうに見えます
人と向き合って食事しているのに
mail check に忙しい人も見かけますし
夜道を歩く時にもケータイをいじっていて
安全確認とか犯罪への警戒とか
ぜんぜん疎かになっちゃってる人もよく見ます

機械に使われて
季節の移ろいすら感じられない程 忙しい人生って
本当に楽しいんでしょうかね
Posted by kururu at 2009年07月01日 22:16
過去記事まで読んでくださってTBありがとうございます。

この先、文明はどっち向いて行くんでしょうか?
不安ですね。
Posted by みかん at 2009年07月20日 05:13
TBの仕方が分かって
嬉しかったので♪
Posted by kururu at 2009年07月20日 15:22
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