2010年04月25日

『障害者の「罪と罰」:イギリスからの報告・下』

毎日新聞の連載から

毎日新聞 2010年4月24日
障害者の「罪と罰」:イギリスからの報告/下 偏見生まぬ報道を求め

【抜粋↓】
 ◇民間団体が記事チェックや啓発、政策提言

 彼の身柄をアメリカに引き渡さないよう議員に頼んでください−−。イギリス自閉症協会(NAS)のホームページにゲーリー・マッキノンという青年の顔写真付きでこのような呼びかけ文が掲載されている。この青年は米国防総省のコンピューターシステムに侵入した容疑で米政府から身柄引き渡しを要求されているが、08年8月に発達障害の一つであるアスペルガー症候群と診断された。

 アスペルガー症候群の特性として、強迫観念に駆られたように興味を注いで行ったことが、周囲にどのような影響を及ぼすのかわからない場合がある。そのような人に刑罰を科しても意味がないとして、イギリスでは医療や心理的ケアに基づいた矯正プログラムが行われている。ところが、米国にはそのような考えが希薄なため、最高で懲役70年の刑を受ける可能性があるというのだ。

 日本でも発達障害の人が事件を起こすと悪質さや猟奇性を強調した報道が行われ、厳罰を求める世論が高まる。そうした事情はイギリスでも同じという。

 NASは発達障害に関するさまざまな調査研究を行い、議会へのロビー活動や政策提言にも積極的に取り組む。発達障害児者の特性に合った学校教育や福祉サービス、矯正施設なども直接運営してきた。職員は約3000人。ほんの数人が事務局にいる日本の自閉症協会とは違う。

 メディア対策班もあり、10人の専従職員がいる。メディアからの問い合わせに答えるだけでなく、NASの取り組んでいるキャンペーンを積極的にPRしている。毎日7種類の全国紙を隅々まで読み、発達障害に関する報道で不適切な内容があると記者や編集責任者に抗議したり、発達障害の特性などを説明した協会作成の「メディアガイド」を渡して啓発に努めている。

 「すぐに反応することが大事です。何か事件があったときには24時間体制で臨み、できれば記事が出る前に記者から連絡が来るような関係づくりにも心がけている」

 全国紙だけでなく地方で発行されている計約1000紙に対し、毎週10〜15種類のニュースリリースを出してNASの活動のPRなどに努めている。イギリス全土で600〜700家族が地方紙の報道をチェックして連絡してくれる体制も築いている。

 ブラウンさんは話す。「毎日モニターしていると良い記事もたくさんあり、自閉症に関心のある記者はとても多い。しかし同時にセンセーショナルな記事も書きたがるので『バランスを取って』と言っている。彼らが理解したいと思っていることは間違いないが、マスコミはあまりにもスピードが速く、記事のスペースも限られており、簡単にまとめたがる。こちらは簡単には説明できず、ジレンマを感じます」。フリーの記者はじっくり取材する傾向があるが、新聞社やテレビ局に勤めている記者はいつも急いでいるという。

    *

 触法障害者のケアや地域生活支援に多額の予算を投入する社会的土壌の形成に努めているのは、NASだけではない。ロンドンに本部のあるNGO「プリズン・リフォーム・トラスト」は、スタッフが毎週テレビやラジオに出演し、刑務所庁や保健省、財務省などとも定期的会合を持って刑務所改革をはたらきかけている。「専門スタッフが16人しかいない小さな組織だが、財源を政府に頼らない独立機関として政策決定に影響力を持っている」

 メディアによるセンセーショナルな報道は多いが、それに対抗するように民間団体は活発に行動し、国を動かしているのだ。
→上)(→中


『障害者の「罪と罰」:イギリスからの報告・中』

毎日新聞の連載から

毎日新聞 2010年4月10日
障害者の「罪と罰」:イギリスからの報告/中 段階踏んで、地域に復帰

【抜粋↓】
 ◇治療・教育から、常時見守りつき自立へ

 冬の日を浴びる広大な敷地に木々が立ち並ぶ。ロンドンから北へ空路1時間、ニューカッスルのノースゲート病院には約200人の患者が暮らしている。ほとんどに知的障害があり、自閉症の人も30人。重大事件を起こした発達障害者に対する矯正プログラムが日本の刑務所や少年院にはほとんどないが、イギリスにはさまざまなレベルの治療・矯正施設がある。

「まずその人にどのような支援が必要なのか、医療やコミュニケーション、身体感覚の面からのアセスメントを12週間かけて行い、個別支援計画を作ります。日常生活を営む基本的な能力が欠けている人が多く、園芸活動、室内作業、運動、認知行動療法などを行っています」

 入院患者のほとんどは2〜3年以内に退院するという。病棟の周囲に高いフェンスが張り巡らされ、監視カメラが常時作動しているのを除けば、日本の知的障害者入所施設によく似た雰囲気だ。

 イギリスには保安の必要性の程度によって高度保安病院、地域保安ユニット、低度保安ユニットの3段階に分かれた治療施設がある。事件を起こした人は責任能力の有無にかかわらず、精神科のケアが必要だと認められると治療施設に収容される。地域保安ユニットであるノースゲート病院には中度保安病棟、低度保安病棟、自閉症専用病棟などがあり、高度保安病院から症状が改善されたとして移ってくる触法の患者たちもいる。

   *

 虐待を受けたり劣悪な環境で育ってきた障害者に対して、自分に自信を持ち、コミュニケーションや感情のコントロールができる能力を身につけることを目指している。
発達障害者の中には相手の気持ちに共感することが苦手な人がいる。日本でもそのような人が事件を起こし、警察の取り調べや公判でのとっぴな発言を報道され物議をかもすことがある。「反省していない」「被害者をぼうとくしている」などと糾弾され、厳罰を求める声が高まったりする。

 こうした障害者に対する刑事政策や世論の問題は、ノンフィクション「死刑でいいです」(共同通信社)に詳しいが、共感や反省は苦手でも、法を犯さないスキルは身につけられるのではないか。そのための支援を研究し実践している専門家も多くはないがいる。

 「ノースゲート病院は認知行動療法を中心に自分のやったことを見つめることを重視している」
刑罰ではなく治療や教育によって尊厳や自信を身につけ触法のリスクをなくしていく方針は、どのレベルの保安施設も一貫している。

   *

 イギリスは60年代から大規模入所施設が解体され、障害者は個々を対象にした福祉サービスによって街での自立生活が保障されてきた。重要事件を起こした障害者も例外ではない。法務省の教育・支援プログラムに基づき、6〜12人がローテーションを組んで地域社会に戻った触法障害者の生活を見守る。障害者の人権と社会の安全や安心感を両立させるためのコストなのである。
→上)(→下

死刑でいいです --- 孤立が生んだ二つの殺人
 池谷孝司(編著)、真下周(著)、佐藤秀峰(イラスト) (著)

『障害者の「罪と罰」:イギリスからの報告・上』

毎日新聞の連載から

毎日新聞 2010年3月18日
障害者の「罪と罰」:イギリスからの報告/上 ケア優先、低い再犯率

【抜粋↓】
 殺人などの重大事件を起こした容疑者が発達障害や人格障害と診断されることがある。いじめ、孤立などが背景にあるが、障害ゆえの言動が「悪質」「猟奇的」と糾弾される。一方、特性に配慮されず刑事手続きが取られ、刑務所では矯正教育が乏しいため、再び罪を犯す人も少なくない。現在の司法は加害者の矯正や社会の安全に役立っているのか。イギリスを訪ね、考えた。

 ◇「病院」で個別治療 段階的に地域へ復帰
 冬枯れの雑木林が広がるロンドン郊外にブロードモア高度保安病院はある。収容患者は250人。殺人や強姦(ごうかん)容疑などで逮捕されたり、既に服役していた人が7割。統合失調症、人格障害、発達障害などと診断された人々である。

 日本の障害者施設の雰囲気と似ている。
ユニット型居室の中央に広いリビングがあり、数人がくつろいでいた。
「コミュニケーションをうまく取れるようにすること、自分のことをポジティブに考えることを学んでいる」と男性患者が落ち着いた口調で話した。

 同院では患者の特性や能力に応じて個々の治療プログラムを作成し、認知行動療法や心理療法を行っている。原因となる疾患をコントロールし、自分の病を理解する。なぜ法を犯したのか内省を促し、行動を管理することを目指している。「院内の治療が地域の福祉サービスと統合されていること、本人が治療に積極的に向き合えるようにすることが必要だ」と管理者の男性は言う。

 英国では容疑者に精神的な問題が指摘されると治療が優先される。共感や内省が難しい障害のある人を服役させるだけでは矯正につながらないとの考えが根底にある。特に「危険で重度な障害」と判断されると高度保安病院などに送られる。再犯リスクが減ると中度保安病院や刑務所、改善すればさらに開放病棟から地域生活へと移行する。そうして地域に戻った障害者が再び法に触れたりして病院に戻ってくる率は5〜6%という。

 国の財政悪化で体制の継続が危ぶまれてはいるが、必要なのは刑罰ではなくケアという思想が、厳罰を求める世論の濁流にあらがう岩のように存在している。

   *

 日本では刑事責任能力が認められると通常の刑事手続きが取られる。刑務所では障害特性に合わせた矯正教育はなく、医療刑務所でも再犯防止プログラムはほとんど行われていない。05年には重大事件を起こしながら責任能力がない人を指定医療機関で治療する心神喪失者医療観察法が施行されたが、統合失調症などに限られ、薬物治療での改善が難しい発達障害や人格障害は対象外だ。

 イギリスでは犯罪を起こさなくても重度の自傷や他害行為があり専門的なケアが必要な人は保安病院で治療される。「入退院の判断は、精神科医と裁判官と心理士などで構成される裁定機関が緊密にかかわって行うことが精神保健法で定められている」
 イギリス自閉症協会にはヘルプラインがあり、発達障害の人がトラブルを起こしたり逮捕されると、すぐに自閉症に詳しい弁護士のネットワークにつながる。
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