2008年08月17日

笑うが勝ち♪

本当は
勝ち負けの話ではなくて
心の安寧の話

例えば 学校の先生
同じクラスの子の保護者でも
その教師を信頼している人と 不満に思っている人っているでしょ
もちろん、あからさまな悪影響が見える時には
しかるべきルートで対処すべきだけど
そうじゃないなら
子供にとってはどっちがしあわせかって言ったら
親が教師を信頼している方が幸せだと思うのですよ

例えば お医者さん
患者が病院にかかって お医者さんに診てもらうとき
同じお医者さんの同じ診療態度でも
信頼感が湧くこともあれば
不安と不満と疑心暗鬼に陥っちゃうこともある
けどさ
どうせ同じ 時間とお金と自分の精神エネルギーを使って通院するなら
信じてた方が気持ちが安寧だし
その分 医療効果も増して みんな幸せ だと思うの

例えば kururu
障害やら 病気やら ふわふわした旦那さんやら
何かとあって
考えようによっては
幸せでないのかもしれないけれど
「自閉症なお陰で 博愛(?)なところがあるし」(ちょっとご自慢v)
「鬱病だけど 日々の小さい楽しみは尽きないし」(ちょっと幸せ♪)
「こんなにふわふわした彼が
 『自分の意志で』kururu と一緒に暮らしているんだもの」
(彼の家出前よりちょっと自信出た)
そんなこんなで 自分に自信を持ってるし
やっぱり幸せだと思う

不安と不満に陥っちゃうこと、kururu もあるけど
そんな時には
自分の気持ちに逆らってでも
今の状況を「わりと幸せ」と『定義』してみて!
「先生は偉い」「(こういう面は)自閉症で良かった」
「私は運がいい」「私ってなかなか」「あの人も立派」
そんでもって、顔を上げて
無理矢理にでも笑顔を作ってみると
そのうちに 心の安寧がやって来りもするのですよ

そういう風に『仮に』信じてみて!

↓「他者を『えらい』と思うのは、
どういう心的状況、いかなる権力的付置のことか」
『仮に』『定義してみる』ことの提案
先生はえらい』内田 樹 (著)


↓『未来』はもちろん『現在』も『過去』も 自身の力で変えられる
健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体』内田 樹 (著), 春日 武彦 (著)


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