2008年08月06日

いろんな価値観があっていい

(続き)

子供の頃の kururu を思い起こすと
「世の中の事柄には もれなく『正解』が存在する」
と思っていた様子
『正しい道』だとか
『完全な正義』だとかね

まあ、
大人というのは
子供にそー云う価値観を植え付けたがるものだし
子供に求められる返答や行動は 大概そういうことなんだから
自閉症 kururu が
「世の中っていうのはそういうもんだ」
と解釈するのは自然なことだったのだろう

世の中の大人の言うこと
学校(の先生と教科書)が言うこと
新聞やTVの言うことは
『全て正しいこと』で『相互矛盾などない』のだと思っていた

10歳くらいの頃だったかな
TVで 1970年前後の風俗を取り上げていた
学生運動、安保闘争、ヒッピー、Love & Piece、
ビートルズ、GS、ベトナム戦争反対、etc.etc...

片手間に見ていた母が一言
「あの世代はねぇ〜( ̄0 ̄)」

その声には 明らかに批判の色が込められていた
TVが『良い時代』として紹介している(と、その時の kururu は感じた)ことを
母が批判する
え〜〜〜!
本当にびっくりした
だってさ、
『母』も大人、『あの世代』も大人、『TV』に出ている人も大人、
それなのに 明らかに言うことが違う
しかも、今にして思えば
たぶん5歳くらいしか違わないはず
kururu が初めて『価値観の違い』を意識した瞬間だった

その後、
両方の祖父母とそこんちの嫁の『嫁姑問題』に気付き
学校と保護者の意見の食い違いを幾度も目撃し
それどころか
教師同士でさえも明らかに言動が食い違うことに気付き
地域社会でも 母があれこれぼやくのを聞き
子供ながらに考えて
そうしてそして
「世の中にはいろんな価値観が存在」し
「それは あって当然」で
「それぞれの価値観や立場を尊ぶのが『民主主義』っちゅーもん」で
つまり
「世の中、『正解』や『完全な正義』が見つからないこともある」し
そんな訳で
「『絶対的に、普遍的に正しい人』なんてのは存在し得ない」
と理解したのでした

kururu がそう気付けたのは
決して人格者ではない両親の
自己矛盾すら孕んだ日々の言動に因るところが大きい
親子のいい関係は築けなかったけど
大事なことを 身を挺して教えてもらった

非自閉症の人たちは
成長の過程で自然に気付いて
大人の世界にソフトランディングするのかもしれないけれど
自閉ちゃんには難しい
( kururu はソフトランディングには失敗したもんね)
気付くのが難しい上に
その気付きがないと
完璧主義の自閉ちゃんたちは
生きていくのに相当苦労するだろう

自閉ちゃんの周りの大人の人たち
ぜひぜひ『民主主義』を教えてあげて!
いろんな価値観があっていい、ってこと
自分も他人も大事だってこと
他人を 自分の意のままにしようとしないこと
間違った事を言う人もいるので 万人の意見に従う必要はないってこと
その上で、
『他者に迷惑をかけないように』と教えてあげて欲しいのです
いろんな価値観があっていい、って教えることをしないで
「あれは駄目」「これはだめ」だけを教えると
世の中に出てからも『絶対的に正しい答え』を求めて
日々混乱しまくって苦労するよ

非自閉症の大人から見たら
「自閉症のこの子には
 最も妥当な答えだけを覚えさせるのが
 混乱しなくてすむ最良の道」
と思うかもしれないけど
死ぬまで一生 誰かがくっついて歩いて
『正解』をささやき続けることはできないし
そもそも 日々変化する世の中で
今の『最良』が ずーっと『最良』とは限らない
やっぱり
「世の中にはいろんな価値観が存在する」と
理解するしかないんじゃないかな

世の自閉ちゃんたちが
いろんな価値観がある世の中で
自分の中の『正義』に反しない生き方を選ぶ道を、力を
そして
他人の考えをも大事にできる力を
獲得できるといいな〜


ラベル:自閉症
posted by kururu at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 障害とか病気とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『気分』や『好み』があってもいい

自閉症 kururu は
子供の頃
『意志』ってものが なかなか理解できなかった

自分の意志、他人の意志、
自分の価値観、他人の価値観、
自分の好み、他人の好み
自分の希望、他人の希望、
自分の感覚、他人の感覚、

幼稚園にて
「みんな、大きくなったら何になりたい?」
???
「大きくなったら」ってのも理解できなかったんだけど
「なりたい?」はもっと分からない
でも、黙ってると怒られる
ので
先生によく褒められてる子の答えを真似して
「幼稚園の先生になりたい」
とか 意味も分からず答えて褒められてた
幼いながら
「そう答えるのが その場面での『正解』だろう」
と推測したんだと思う
ある意味 正しいよね(笑)

kururu 10歳の時
叔父の車で旅をした
(って言っても、自宅へ送り届けてもらっただけなんだけどね)
親と離れての初めての旅
途中、サービスエリアで昼食
「 kururu ちゃん、何食べたい?」
え???
ここでの正解は何だろう???
kururu の食べるものは、学校給食以外はいつも親が決めていた
それまでの少ない外食経験でも、もれなく親が決めていた
いきなり訊かれて答えられず
kururu も困ったけど 叔父も相当困ったようで
その時のことは、いまだに語りぐさ

親から見た 未診断の自閉症 kururu は
常に出来の悪い子で
何をさせても 要領を得ず 時間がかかり
しかも あまり物を言わない子であったらしい
いや、 kururu が答える前に何でも親が先回りするから
物を言う隙がなかっただけだと思うんだけどね
「それじゃー意志を述べる訓練ができないじゃん」
って言ったところで
そもそも、
子供の意志を尊重する必要があるとも思ってなかったようだけど

母の証言:
あなたのペースに付き合ってると
いろんなことが滞るし、
そんなゆったりペースで育てて
これ以上『とろい子』になったら将来困るだろう
と、思ったのよ

なるほど、親心です
そんな訳で
kururu に『意志』を(本気で)問われることは少なかった
それどころか、
『苦しい』『痛い』『気持ち悪い』とかっていう感覚すらも
否定(批難)されることが常だったもんな〜

『気分』や『好み』があってもいい、と理解したのは
かなり遅かったけど
遅いながらも理解できて良かったと、ほんと思うよ
ラベル:自閉症
posted by kururu at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 障害とか病気とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏空のお洗濯

ぐっすり休んだ夜 の後
9時間のお昼寝
それでもしっかり眠れる夜

そんだけ寝たら
今日は快調♪
夏の青空に誘われて
お洗濯に励むのです
posted by kururu at 13:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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